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狩婆(Q)思ふ

四十路の現状確認と葛藤。もりもり働いててっぽー撃ってたら癌になってもうた。

【癌回顧録】物言えば唇寒し秋の風 腫瘍とりつつ文句の巻

*半分以上が入院ライフの愚痴

入院前に主人と一緒に主治医の説明を聞く。
前回は悪いものの可能性が高いと言ってた主治医が良性のスタンスで話してた。
主人はなんだ〜良性じゃんとホッとしていた。

これは結果が出るまでの日々を過ごしやすくするためではないかと最初はいい意味で考えたが、結局この主治医の考えはよく分からない。
会うたびに機嫌の良し悪しの振り幅が大きく、おしゃべりの日と無口な日の差が激しい。
いろいろおしえてくれる日もあれば、なんで教える必要があるんだと言わんばかりの態度の日もあって、結構気を使うし、最後まで不安と不満が残る相手だった。

話をもどして。
まあ、病理が出るまでは良性とのスタンスということで、これはこれでありがたかった。
しかし、現実問題、良性か悪性かでその後の予定も大きく変わるので(仕事の休職とか医療費とか保険とか親族への説明とか人間関係も含め)私としては悪性の可能性でもろもろ準備はしておこうと決めていた。

結局、事前検査の結果腫瘍は右胸上部、直径5センチ強の腫瘍であること、温存手術、切除位置や入院前の最終確認などをはなした。
この病院は地域の救急受け入れもあるので入院日は最短しかできなく、当初は術後翌日退院で4日の入院予定だったが、体力的にも自信がなかったので懇願し入院は5日間にしてもらった。

入院当日

担当看護師から説明。悪性患者用の入院説明書を渡された。
悪性ですので手術前日にセンチネルリンパ節生検をして翌日悪性腫瘍摘出は乳房全摘出で退院時期未定と説明させる。

は?
全然ちがうし、別人ではないか?
説明と違う旨、センチネルリンパ節生検は必要ないこと、っていうか悪性とは決まってないと前日に主治医が書いた手術説明の紙を見せるも『そうなんですか〜こっちにはそう書いてないですよ〜、え〜』と曖昧な返事のまま流されてしまい、え?え?悪性か良性か病理にかけないとわからないと聞いてますと言っても『まあまあ、あとでこちらで確認しますから』的に受け流す看護婦。
初日から不安しかない。
その数時間後、術前マーキングで主治医に会ったので確認すると、看護師の間違いでしょうの一言でこの件は終わり。看護師からは訂正は特になし。私の手元には悪性腫瘍の患者用の説明書だけが残る。

4人部屋で1人は寝たきりのご老人、もう1人は乳がんの方で全摘出後の術後薬物治療中の方、わたし、もう1人は今日退院の方。
夕飯時に、看護婦がここ数日寝たきりのご老人に間違えて薬を渡していたことは発覚。
老人はずっと訴えてたらしいが、確認を怠ってたみたい。
で、間違っちゃってた〜あはは〜で済ます看護婦たちにますます不安がつのる。

お風呂の時間になったら呼びますね、といわれたまま待っていたのに呼ばれずに風呂時間はすでに終了していた、まじか。
わたし、あまり入院とかわからないから放心状態。

あのーお風呂は?と聞いたら「ええ?まだはいってないんですか?」ってキレ気味にいわれても、呼びにくるって言ってたじゃん!状態。

初日はこんな状態で終了。

翌日

麻酔師と打ち合わせ。
前日のことをふまえ、ナースコールは遠慮しない、なんでも聞く、聞いてすぐに返答なかったら、再度聞く(すぐ対処しないときは忘れてる時!)期待しない。と思ったらこの日はイライラしなく乗り越えた。隣の乳がん患者の看護師に対する愚痴を聞く余裕すらある。

で、この日にひとつ発見した。
わたし本が読めなくなってた。
読書大好きで沢山家に本があるの、お気に入りを数冊持ってきてたけど、まったく読めない。取得したい資格の勉強したかったけど、全然本の内容も理解できない。これは、手術前に緊張だろうと気にしなかったけど、この日を境にいまだに本が読めない状態が続いてる。

手術日
朝から主人が来てくれて嬉しい。大好き。
で、手術は覚えてない、寝てたから。主人曰く、角煮のような物体だったらしい。
目が覚めたら胸が熱い!痛い!熱くて痛い!でものすごく気持ち悪い!この苦しさが翌朝まで続く、ずーと、延々にこうなのかと錯覚するくらい辛い。
体が鉛のように重く、腰がいたく、足の裏をとにかくマッサージしてもらいたい状態。

術後からじわじわ体温上昇、体が必死で頑張ってる気がする。
胸の痛みも辛く、痛み止めを打ってもらう。点滴多数、飲食厳禁、主治医回診三回あり。

夜、主人帰宅。辛すぎてもはやあまり記憶なし。

術後翌日
熱は続いて37.8~38.3の間をうろうろ、痛みは朝まで続き、早朝痛み止めを打ってもらう。
午前の回診で上半身をカチカチに固定いていたものをとる。テープを剥がすときに超痛い!途中から剥がし剤みたいので剥がす、代わりに、持参のマフラータオルをマジックバンドで巻いて固定。
水を飲んで良くなる。

今日は仕事だった主人が、昨日のわたしの麻酔明けの辛さを見て心配になって、仕事休んで来てくれた!泣ける。

昼食はじまる、薬(抗生物質と痛み止め)も飲むようになる。 午後に歩く練習始める。
やっと尿道カテーテル外してもらえる!うれしい。
と、こっちは初体験なわけ、これ。
外す時に紙を用意されて、手渡されて、看護婦は無言でカテーテルを引っ張るの、尿がでるのよカテーテルからだらーって、つまり尿がベットに垂れるの、で「紙轢いてないんですか?」ってキレ気味に言われるの。
ってかこっちは外すタイミングすらわかんないし、むしろお前が紙をひけよとおもうんだけど、なんなのあれ。

で、尿だらけのベットのまま看護師退散。
しばし待てど、そのまま、わたしパンツ履いていいよね、もう。なんかもうわけわかめ

ナースコールして、きた看護婦にベットみせて、シーツ替えてもらえないか聞いたら「すいません」とあわてて出て行き30分後くらいかなあ?カテーテルとった看護婦が超怒りながらシーツ替えにきたんだけど、このシーツが染みとか穴があってやな感じ。もういいやって文句もいわなかったけど。
夕方前に点滴がひととり終了し、痛み止めはもう打たなくていいかと確認があり、腕の痣がひどいし、痛み止めは薬で飲むことにも対応できるようになったので点滴針を抜いてもらう。
主治医回診2回
食欲、すごくない。
夜、テープ負けした肌が荒れてるみたいで痛い痒い痛い痒い、やばいアトピーこれきっかけででそうかも。
しかし、この日も体は重いし、ヨタヨタで、やっぱり今日退院にしなくてよかったーと思った。

退院日

朝やっと体が普通に起こせる。
熱は37度台後半、朝食欲なし、でも退院でるんるん。
シャワーの許可でる。(傷口はガーゼと防水テープ) 痛み止めの薬が効いているのか、胸は痛いけど、我慢できないほど痛いとかはない、むしろ思ったほど痛くない。

朝一で主人が来てくれる!4日分の飲み薬とテープまけしちゃった肌の軟膏をもらって、退院。 

午後食欲はあるけど、なんだか量は食べれない。
次回の通院まで胸バンドは寝てる時以外はするようにと指示あり。

肌まけの軟膏もらうのがまた大変で、最初、看護師に状態をみせて、軟膏もらえるものか相談したら、大したことなし、こんなんでは薬は出ないって言われた。アトピーあるので後からひどくなる場合もあることを伝えたら、じゃあ何の薬が欲しいんですか!ってキレられた。(首と背中の間で私は患部が見えないので、思ったほどひどくないのかなと思った)もういいですと伝え、午前回診時に主治医に肌まけしちゃったと肌を見せたら、これは痛そうだねとすぐ薬くれた。

10時くらいに退院て聞いてて主人も早く来てくれたのに、なんかほって置かれてて、結局お昼過ぎの退院となった。退院時の看護婦さんに「迎えの人が来てるなら早く退院できたから言ってくれればよかったのに」と言われたんだけど、10時前に主人が来た時点で別の看護婦さんにもう迎えの人が来たこと話してたんだけどね、なんだろうね、情報共有してよまじで。

本当につらいのに、結局最後まで看護師達はあいかわらず酷い有様でテンパリ中だし。
基本的には笑顔でいい人そうな子が多いんだけど、仕事量が多すぎてテンパる、後回しにしたことから忘れていくという悪循環。最終的には逆ギレ「私はきいてません」と来たもんだ!はい、あなたはきっと聞いてないんでしょうね、でもそんなの看護師間で共有すべき事項ですよね、患者に切れるな。

しまいには足首から採血するときになぜか3人くらい看護師が集まってきて、他の患者の悪口話始めた時はまじムカついた。手とまってますよ、採血早くしてよ、悪口聞きたくないし、さすがに注意したけど。術前は、笑って済ませたけど、術後のこっちも余裕のないときは、本当にイライラした、正直、もう入院病棟だけは行きたくない。

と自分に余裕もなく、嫌な思い出ばかりの入院生活だった。

 

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