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狩婆(Q)思ふ

四十路の現状確認と葛藤。もりもり働いててっぽー撃ってたら癌になってもうた。

【癌回顧録】禍福は糾える縄の如し 治療も一区切りついたと思っていたの巻

長かった放射線治療がやっと終わり。
最初の50グレイは右胸全体とリンパのある脇と広範囲に、最後に追加で10グレイは腫瘍があった場所にピンポイントに照射。

最後の2週間くらいは皮膚のただれが本当にひどくなってきて、その他、日常的なめまいとか胃のむかつき、施術している場所以外の肌トラブルに毎日の通院。
自分で思っている以上のストレスがかかっていたみたいで、独り部屋で掃除としているとき、料理中、ふとした時にわけもなく感情の波にのまれて、本当につらかった。
もう理由とかなくてね、どばーーーとした感情で、わーんわーんと子供みたいに声だして泣いたりしてた。

主人や他の人がいると平常心なんだけど、1人でいる時間は本当に不安定だった。
自分でも結構やばいかなーと思って、病院のセラピーとか受けたほうがいいかなとか考えたりはしたけど、どうしていいかわかんなかった。

主治医は外科的治療には興味が強い人だったけど、メンタルにはというか外科にしか興味なさそうな人だからなんか相談できなかった。
以前放射線治療前に、仕事の復帰のタイミングについて相談したところ、すごく興味なさそうに返答されてしまったもんなあ。「外科的治療は終えたので、本人しだいでいつでもいいんじゃないですか?放射線しながら通勤してる人もいますし。」「まあ不安なら放射線終了後にしたらいいんじゃないですか?」

その後、ずいぶん後にメンタルギリギリになって相談した時も、案の定外科にしか興味ないんだよなーって感じだったし、得意分野以外にはタッチしないってスタンスなんだと変に期待しないようにしてる。

まあ、そんなこんなで放射線治療を終えて、肌はまだ辛くて体調もイマイチだったけど、治療を終えた喜びのが大きかった。
ああ、わたし、病人からやっと社会復帰できるんだと。
とりあえず、家の中もあの人間ドックから時が止まっていたので(衣替えとか、いろいろw)身辺整理もしたいし心配かけた親類にも挨拶したいし、3週間くらい休んでから職場復帰することにした。

ちなみに、この時期の不安感を乗り切ったのがツムツムとおそ松さんだった。
ディズニー嫌いなわたしがまさかツムツムをはじめるとは!
ツムツムはいいよ、1人でいても不安なことを考えないで無心でできるから。
暗い気持ちになってきそうになると無心でツムツムしててやりすごしてた。
で、おそ松さんみてゲラゲラ笑ってた。

ここで復職を決めた当時の私の前向きな日記を見てみましょう。

『社会復帰を目前にだらだら過ごしております。
思えば、療養中ははやく普通の日々に戻りたい、普通に仕事したいと思っておりましたが、こうして復職目前となりますと、メソメソします、ああ無職とかいいなあ、だらだら暮らしたいなあと。
健康でお金に余裕があって無職とかだったら最高だなあ、といまだ夢を見ております。

来週から復職です。
こんなにだらだらしたのは久しぶりでそれなりに楽しかったですが、でも、病気はもうこりごりです。

不思議なことに、もうすごく辛かったあの頃のことは、ほとんど覚えていません。
覚えてるうちに日記書いておいてよかった。
むしろ最近、前の日記読んでても軽く他人事です。

ずいぶん休んだので頭も体ものろまになりかなり不安ですが、まあなんとかなるとおもいます。

わたしの今年が始まりそうです。』


おお!ご機嫌ですね。復帰が見えてポジティブモードに移行しようという努力が伺えます。
でもこの時期は、なんか放射線治療を終えて、一区切りついてて復職の希望もみえてて、なんかよかったなあ。

そうそう、かなり記憶がとんでるんですよね。
癌かもしれない・・・という時期から癌治療中、療養中の記憶がすごく曖昧なの。
日記書いてて本当によかったな。

このポジティブモードがこの後、あんなふうに転がるなんて・・・
人生っていろいろだよねー。

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